
“松坂引退”の速報が流れた30分前に…
横浜高校時代は松坂大輔と同学年で、卒業後も親交が深い大竹元樹は、松坂からのLINEに気づいた。7月6日の22時ごろだった。 「グループLINE作って!」 何だろう急に、と思った。子どもを寝かせて、リビングでのんびりと晩酌を楽しんでいる最中だった。きっと飲みの誘いだろうと思い、気軽な気持ちで返信した。 「マツお疲れ。意味深だねぇ。何なに? 横浜? グループLINE? 明日つくっとくわ!」 いつもの松坂と様子が違う。送信後すぐ“既読”になる速さに、嫌な予感がした。 「いや、いますぐお願い」 酔いが冷めた。ただ事ではない、と思ったからだ。連絡を密にとっている仲間から順にグループLINEを作り、一斉送信した。 タイトルは「みんなあつまれ! 横高緊急招集」。ポンポンポン、とつぎつぎに同窓生たちのアイコンがLINEに並んだ。 数分後、松坂から長文のメッセージが届いた。 そう。現役引退を横浜高の野球部に伝える内容だった。「メディアに出る前にみんなに感謝を伝えたかったので」の一文が松坂らしかった。ネットニュースで松坂大輔引退の速報が流れる、わずか30分前の出来事だった。 ブルペンキャッチャーだった浦田松吉は「文の最後に“笑い”のスタンプをつけて、しんみりさせないようにしているところがマツらしかった。ふざけるヤツ、真面目に返信するヤツ、高校時代からの変わらない人たちのメッセージがグループLINEに並んでました。冗談で『俺も会社辞めるーーー! 』って言ってるやつもいて(笑)。みんなマツのメッセージに、いろんな感情があったと思います」と仲間の思いを代弁した。
「いつかこの日がくるだろうと思ってはいたけど…」
ここ数年、松坂と頻繁に会っていた常盤良太は「あのLINEね。うーん。どうなんですかね……」と言った後、沈黙してしまった。 「いつかこの日がくるだろうと思ってはいたけど。コロナじゃなかったら会ってそういう話もできたのに。話も聞いてやれなかったことが……。マツ、一人で決めたのかなと思って」 大竹と同様、常盤も松坂と親しい間柄だった。それがここ2年、コロナ禍で食事も行けなくなっていた。昨年7月の脊椎内視鏡頚椎手術のあと、少しだけ話をした。 常盤「術後、どうなの?」 松坂「あんまよくねえな」 右手の痺れや、肩ヒジの痛みがあり、腕が上がらないそうだ。その後、常盤自身が思っていた以上に、松坂の体がボロボロだということを知った。とんでもないことになっている……。そんな松坂の状況を知らずにいた自分を悔いた。 思えば、15歳の時。帝京高校に行くかどうかで揺れている松坂を「一緒に横浜高校に行こうぜ」と誘ったのが常盤だった。それ以来、その「責任」のようなものを感じ、常盤はいつも松坂に対して率直な思いを伝えられる“兄貴”のような立場でありたいと思っていた。 横浜-PL学園戦の延長17回、疲れてぐったりしている松坂の肩を叩いて「俺が絶対打ってくるから!」と打席に向かい、勝ち越し2ランを打った。あの時のように何かしてやれることはないのか。見つからない。それが悔しかった。 15年前の松坂を「天井のないスーパースター」と言った大竹も「歳には勝てないか……」と声を落とした。 「マツはそれでも、がむしゃらに生きようとしていたよね。そのことが今回の首のケガにつながったのかな……。でも、マツは這いつくばってでも頑張ろうとした。支えていたのは、周りの人への使命感だったんでしょうね」 高3夏の甲子園。イップスで打撃投手もできない自分が現地に行く必要があるのかと悩んだとき「いいから来い。お前がいないと無理だ。投げられなくても絶対来い」と怒りながらゲキを飛ばしてくれたのが松坂だった。「あの一言がなかったら、逃げる人生で終わっていた」。逃げないことも身をもって示してくれた。使命感を持って。凄いヤツだと改めて感じた。
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