現役時代から世間をあっといわせる達人だった日本ハムの新庄剛志監督。サプライズの最たるものの一つが、ヒーローインタビューでの引退表明だろう。
「みんなに報告したいことがあります。(阪神)タイガースで11年、アメリカで3年、日本ハムで3年。今シーズン限りで、ユニホームを脱ぐことを決めました」。2006年4月、勝利の立役者がお立ち台で発した突然の別れのメッセージに、日本ハムファンは言葉を失った。シーズン序盤でのタイミングに、まだ34歳と円熟期のさなかのリタイア表明。異例ずくめの宣言は、鮮烈な記憶として多くの人の脳裏に焼き付いている。
「引き際」が耳目を集めた点では、今年の阪神・矢野燿大監督も同じだろう。キャンプインを翌日に控えた1月31日、突如、今季限りでの退任を表明した。
開幕前に表明したことで、今季への並々ならぬ決意が伝わった面はある。どの選手を起用するか、どんな作戦を講じるか。シーズンが始まれば一つ一つの采配に不退転の思いが乗せられ、チームを今年こそ優勝へと導く原動力になることだろう。
意気込みのほどは十分に感じられる半面、それを受け取る側は今、どのような心境でいるだろうか。
私は現役時代、「監督なんて誰でも一緒」と思っていた。選手は自分の技術を球団に買ってもらって契約し、その技術で結果を残すことに集中するのみ。その役割は誰が監督でも変わらない、という思いがあった。
今の阪神も主力はおおむねそういう思いなのではないかと思う。怖いのは、レギュラーを目指す若手のモチベーションがどうなるかだ。
選手がレギュラーになれるかどうかは、自らの力が大きく左右するのはもちろん、監督のお眼鏡にかなうかどうかも重要な要素。控えの選手は常に監督へのアピールに躍起になるものだが、矢野監督が今年限りとなったことで「今年がだめでも来年の監督に見てもらえばいいか」と、アピールに力強さが欠けることになりはしないか。一人でも全力プレーを怠る選手が出ればチームの士気は下がり、優勝などおぼつかない。
コーチ陣についても不安要素がある。契約社会のプロ野球はコーチも一年一年が勝負。1年で見切りを付けられるケースが少なくないことを思えば、選手以上にあすをも知れぬ世界を生きているともいえる。気心知れた監督の退任決定で、「俺も今年限りか」と、今から次の職探しに思いをはせるコーチが出てもおかしくない。
新庄監督の型破りな引退表明が受け入れられたのは、新庄剛志という類いまれなキャラクターはもちろん、あくまで一選手であったことが大きいと思う。一方で、監督のリタイア宣言はチーム全体に影響が及ぶ点で、選手のそれとは比較にならない。図らずも、阪神の選手やコーチが今季に全神経を傾けることを阻みかねない状況をつくったと思うと、あのタイミングでの表明がはたして適切だったのかと考えてしまう。
仮に春先から阪神がつまずくようなことがあれば、たちまち来季の監督人事が焦点となり、それこそチームは目の前の試合に集中できなくなる。自分が責任を持てるのは今年だけ、という姿勢を見せたことで阪神ファンの心が離れてしまうようなら、何よりも大きな「戦力ダウン」となる。
キャンプ取材で2月18日に沖縄入りするまでの間、テレビで阪神キャンプの中継を見たが、カメラが矢野監督を捉える時間が例年より少なく感じたのは気のせいだろうか。様々なリスクをはらむ早期退任表明の〝賭け〟は吉と出るか。ビッグボスの挙動とともに2022年の見どころだろう。
(野球評論家)
からの記事と詳細 ( 吉と出るか、リスクはらむ阪神・矢野監督の早期退任表明(写真=共同) - 日本経済新聞 )
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