文筆家・平川克美さん寄稿
コラムニストの小田嶋隆さんが6月24日、病気のため死去した。65歳だった。小田嶋さんの友人で文筆家の平川克美さんが追悼文を寄せた。
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「反骨のコラムニスト」礼儀正しく優しい素顔
あの日から、小田嶋隆さんがいない世界を生きている。なくてはならないものが、どこをさがしても見つからないような心持ちで、落ち着かない日々を過ごしている。
小田嶋さんは、あらゆる権威・権力に忖度(そんたく)することなく、噓(うそ)と腐敗、いかがわしさ、インチキを暴き出す反骨のコラムニストということになっている。だが、私にとっては信頼できる友人のひとりであり、それで十分だった。
初めてお会いしたのは2006年、共著になった『9条どうでしょう』(毎日新聞社、後にちくま文庫)の打ち上げの席だった。当時、物書きとしてはまだ無名だった私の前に現れたのは、礼儀正しく優しい笑顔をたやさない好人物だった。慧眼(けいがん)のコラムニストから見れば、ベンチャー企業の社長だった私など、ややいかがわしい人物に思えたはずだが、とても丁寧な対応をしてくれたことを覚えている。
高齢者と呼ばれる年になると、初対面の人物と打ち解けて友情を育てるなどということはなかなかないことだが、私は小田嶋さんに強い親近感を感じた。その理由は、私と彼の出自にたくさんの共通点があったことだった。
東京の北の外れの赤羽で職人の長男として生まれ育ち、都立高校出身で、「サラリーマン失格」という人生を経てきた小田嶋さん。一方で私は、同じ東京の南の外れの蒲田で職人の長男として生まれ育ち、都立高校を出て、大学を卒業し、そのまま「プータロー生活」を経験した。お互い、同じにおいを感じたのだろうと思う。
以来16年、共著を何冊か出…
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