全日空グループの機内誌『翼の王国』に連載された伊集院静さんによるエッセイ『旅行鞄のガラクタ』が一冊にまとめられ、2022年11月に上梓された。それを記念し、12月2日から小学館ビル1階で「作家と旅した『ちいさな宝物』を展示する 伊集院静 旅行鞄のガラクタ展」が開催されている。展覧会のプレオープンに駆けつけた伊集院さんは「わたくしも感動いたしました。ゆっくり皆さんも見てください」と挨拶をされ、その後約3年ぶりという対面でのインタビューが行われた。
ガラクタとは自分にとって愛しいもの
『翼の王国』に「旅行鞄のガラクタ」が連載されたのは、同誌に「おいしい手土産」を連載していたグラフィックデザイナーの長友啓典さんが2017年に亡くなり、共著を出版するなど盟友であった伊集院さんが“代打ち”することがきっかけだったという(長友さんは伊集院さんの本の装丁を数多く手掛け、結婚する際には仲人を務められた)。
「長友さんのページが非常に評判良かったんですね。それでその航空会社のCEOは焼鳥屋でいつも話している友人で。そんなこともあって引き受けることになって、最初は美術のことについて書いて欲しいという話もあったんだけど、お仲人さんが大事にしたページだから、私なりの土産の話を書くことになったんです」
しかし伊集院さんは「土産というのはね、買うとね、家族が『この次は何を買ってくるかしら』と思い始める。だから、買っちゃダメなんだよ」と笑う。旅先から小さなガラクタを持ち帰るようになったのは、飼っていた犬のためのオモチャを買ったことが始まりだったそうだ。
「ガラクタというと、最近の現代用語だといらないもののように思えるんだけど、『我、楽しむ、苦しみ多き』と書いて『我楽苦多』と読むもので、自分が楽しいもの、愛しいものという意味がある。昨年出した夏目漱石のことを書いた小説『ミチクサ先生』には、ガラクタと言われて漱石少年が泣いてしまう場面があるんです。だから明治の頃から悪い意味に使われていたんだけど、母親がそれは悪い言葉じゃないと諭すんですよ。自分にとって愛しいもの、それがガラクタなんです」
本書は伊集院さんの妻・篠ひろ子さんが目にして、思わず「何、この汚いもの?」とおっしゃったという、スペインの画家ミロにまつわるガラクタの話から始まる。
「やはり、小ささがコツですね。旅行鞄に入らないものを持ってくるのは大変だし、エルメスのあのでっかい箱なんか、飛行機に持って入るだけで恥ずかしいでしょう?(笑) そういうのではなくて、旅行鞄の隅にちょっと入る、そういうことでしたから、良かったんでしょうなぁ。実はガラクタという言葉は、小説のタイトルに使いたかったというのがあったんですよ」
旅をする生き物は人間しかいない
本書にはこれまで伊集院さんが旅をしたスペイン、フランス、ポルトガル、スコットランド、アイルランド、ベルギー、イタリア、エジプト、ケニア、アメリカ、中国、日本の12カ国から持ち帰った品々をめぐる34話が収録されている。
「旅をする生き物というのは、人間しかいないんです。だから大事なのは、ものが良かったのではなくて、旅自体が人間を違う位置に置くようになるということ。旅というのは、日常とは違う時間なんです。そう考えると人間の日常というのは、働くか、何かをやらされている。そういうことから開放された時間に出会うものだからこそ、それなりの何かがあるんでしょうね」
「旅行鞄のガラクタ展」には、本書に登場するヤンキースタジアムのレインコートや海南島の石のサイコロ、犬のために買うようになったというロイヤル・ドーノック・ゴルフクラブのクマのぬいぐるみ、一緒に旅をした妻が選んだという木製の小さな十字架などが並べられている。これらのものは普段、仙台の自宅と仕事場をつなぐ廊下に飾られているものだという。
「家内は一緒に旅行すると、自分から小さいものを探すようになったね。そういう小さいものを好むっていうのは、日本的なんじゃないかな。日本の住まいも人間が住める広さで、子供がたくさんいたらそれに合わせて広くする、そういう発想がある。だから僕は良いと思ってるんだ、小さいのもね」
伊集院静(いじゅういん しずか)
1950年山口県防府市生まれ。立教大学文学部卒業。「皐月」で作家デビュー。
その後『乳房』で吉川英治文学新人賞、『受け月』で直木賞、『機関車先生』で柴田錬三郎賞、『ごろごろ』で吉川英治文学賞、『ノボさん 小説 正岡子規と夏目漱石』で司馬遼太郎賞受賞。2016年紫綬褒章受章。2021年野間出版文化賞受賞。『美の旅人』『夢のゴルフコースへ』『旅だから出逢えた言葉』シリーズ、『なぎさホテル』、『大人の流儀』シリーズ、『タダキ君、勉強してる?』『大人への手順』など著作多数。
DIME読者におすすめの旅は?
『旅行鞄のガラクタ』で「旅というものが人間に与える力が、他にたとえるものがないほど、さまざまなことを身に付けさせてくれるからだ」と若い人に旅を勧める理由を書き、時間を自由に使えるようになった人(主として高齢者)には旅の間に「何もしない時間を作ること」と説いている伊集院さん。ではDIME世代の30~40代は、どんな旅をすればいいのだろうか。
「今の30代、40代は、昔の30代、40代に比べて情報量も多いし、金も持ってる。まあでもね、基本的には家や家族のことに金を使うから、自分の金はない。そう考えると、金を増やすことよりも、今じゃないと見ることができないものを見に行ったほうがいい。例えばアフリカへ行けば、もうあと1年以内に死ぬと言われている、ちょっとピンクがかったサイがいるんだけど、それを見に行くとかね。僕もたった1本の木を見るために、スペインのゲルニカの村まで行ったから。ゲルニカではその木を中心にみんなが座って、木が聞いているときに物事を決めていこうという掟があったそうなんですよ」
ゲルニカの木のエピソードは「スペイン ビルバオ グッゲンハイム美術館のメモ帳」というタイトルで所収されているので、詳しくはぜひ本書で。では最後に、いい旅をするにはどんなことを心がけていればいいでしょう?
「いい旅行をしたかったら、常に“旅行へ行くならどこだろう?”ということを、毎日5分でいいから考えなさい。そうしたら、必ず良い旅先に出会えますよ」
『旅行鞄のガラクタ』(伊集院静/小学館)定価1870円(税込)
作家と旅した「ちいさな宝物」を展示する
伊集院静 旅行鞄のガラクタ展
[日時]2022年12月2日(金)~2023年1月31日(火)
[場所]小学館ビル1階(東京都千代田区一ツ橋2-3-1)
[開場時間]9時~18時(土日祝日、12月29日(木)~1月4日(水)は閉館)
観覧無料、事前予約不要
https://shosetsu-maru.com/bungei-news/ryokoukaban_event
取材・文/成田全(ナリタタモツ) 撮影/太田真三
からの記事と詳細 ( なぜ人は旅に出るのか?作家・伊集院静さんが語る〝ガラクタ〟が彩る旅の魅力|@DIME アットダイム - @DIME )
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